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広島高等裁判所 昭和46年(ネ)272号 判決 1972年11月06日

控訴人(附帯被控訴人)

魚切武

白石稔

右両名訴訟代理人弁護士

小野実

被控訴人(附帯控訴人)

村上利昭

右訴訟代理人弁護士

原田左近

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人等は、被控訴人に対し各自金四二万円およびこれに対する昭和四五年七月二六日より支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の連帯負担とする。この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

<証拠>によれば、被控訴人は米軍岩国基地に勤務するかたわら、養鯉業を営む者であるが、昭和四四年一〇月二九日新潟県小千谷市訴外星野諄一郎より錦鯉四才物三匹(以下本件鯉という)を代金五〇万円で買受け、これを被控訴人方養魚池において飼育していたこと、控訴人等両名は共謀の上、同年一一月七日の深夜に本件鯉三匹を盗み出し、控訴人魚切方の養魚池にかくしたこと、被控訴人は本件鯉の所在を探し歩いた末、ようやく翌昭和四五年二月九日本件鯉を見付けて、これを取り返したことを認めることができる。

控訴人等の右窃取が、共同不法行為を構成することは明らかであるから、控訴人等は被控訴人が右不法行為により被つた損害を連帯して賠償すべき義務がある。よつて、被控訴人の被つた損害について判断する。

(1)  <証拠>によれば、被控訴人は昭和四四年一一月六日頃本件鯉を青木真守に代金七〇万円で売渡す契約をしこれを引渡すばかりになつていたところ、前記のとおり同月七日控訴人等により本件鯉を盗まれ、その所在が不明となつたため、右売買契約を合意解除し、本件鯉の買入価格五〇万円と右売渡価格七〇万円との差額二〇万円の得べかりし利益を失い損害を被つたことを認めることができる。

なお、被控訴人は、控訴人等が本件鯉を窃取した後、控訴人魚切方における約一〇〇日間にわたる本件鯉の飼育方法や管理が失当であつたため、本件鯉の価格が三〇万円に値下りした旨主張する。しかし、<証拠>によれば、本件鯉が窃取された前記昭和四四年一一月七日より、被控訴人においてこれを取戻した昭和四五年二月九日までの期間は、鯉の冬眠期間中であつたので、右期間本件鯉を入れていた控訴人魚切方の養魚池は被控訴人方の養魚池より設備その他の点において劣つていたけれども、本件鯉三匹の体形・色彩その他につき価格に影響を及ぼす程度の著しい変化のなかつたこと、飼い方が悪くて色の悪くなつた鯉でも、その後うまく飼えば二年位で元の姿に戻るものであることを認めることができる。<証拠判断―省略>もつとも前記鑑定の結果によれば、昭和四六年五月二〇日当時本件鯉三匹の価格は金三〇万円相当であると鑑定せられているけれども、鯉のような鑑賞用動物は見る人によつてその価格を異にするのみならず、相場の変動ということも考えられるので、右鑑定の結果から直ちに前記盗難期間中に本件鯉の色彩或は体形が悪くなり、その価格が下落したものと認めることはできない。そして、現在においても、控訴人等の不法行為の結果、右不法行為のなかつた場合に比し、本件鯉の価格が下落していることを認めるに足る証拠はない。

(2)  <証拠>によれば、本件鯉が盗まれた後、被控訴人は実兄の村上利美、甥の村上富範に被控訴人と協力して本件鯉を探し出すよう依頼し、同人等に日当として金二、〇〇〇円を支払うことを約束したこと、村上利美は国鉄の職員であり村上富範は保険勧誘員であつて、いずれもその仕事の余暇或は休日に、被控訴人と共に或は単独で、徳山市近辺の養魚池のみならず、遠く東は広島市まで、西は下関市まで本件鯉を探し歩いたこと、その探しに出かけた日数は被控訴人が約三六日、村上利美が約四七日、村上富範が約三五日であるけれども、いずれも仕事の余暇に出かけているので、休日以外は必ずしも丸一日を費したものではないことを認めることができる。被控訴人は捜査による損害として合計金二二万六、〇〇〇円を主張するけれども、右に認定した事実に弁論の全趣旨を合わせて考えれば、被控訴人が本件鯉の捜査のために被つた損害は金一二万円と認めるのを相当とする。

(3)  <証拠>によれば、被控訴人は本件鯉を盗まれたために、前示のとおり東奔西走してその捜査のため苦労し、また同業者の養魚池を探して歩いたため、窃盗の疑いがあつて探しに来たものとして同業者の反感を買い、同業者との付合がうまくゆかなくなつて営業上の信用を失うなど、控訴人等の悪質な不法行為により被控訴人は多大の精神的苦痛を味わつたことを認めることができる。そして、以上に認定した諸事実に照らし、被控訴人の被つた精神的損害に対する慰謝料額は金一〇万円と定めるのを相当とする。

以上、(1)、(2)、(3)において認定した損害は、特別事情に因り生じた損害であるが、<証拠>によれば、控訴人両名は、養鯉業を営む被控訴人が新潟県から高価な本件鯉を買入れたことを知つて、これを盗み出し、控訴人魚切方の養魚池にかくしていたものであることを認め得るから、控訴人等は本件鯉の窃盗により被控訴人が右の如き損害を被むるであろうことを予見し得たものと状めるのを相当とする。

したがつて、控訴人等は被控訴人に対し連帯して右損害合計金四二万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年七月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。被控訴人の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものである。原判決は、右と結論を異にする限度において、失当である。

よつて、本件控訴は一部理由があるから原判決を変更し、本件附帯控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(松本冬樹 浜田治 野田殷稔)

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